• 吟鳥子『鎖衣カドルト』
    • 「鎖の国」は人民を律する法の鎖を信仰の依り代とした、神を持たない独特の政教一致国家である。国の官吏はその身に鎖を纏うことで自分達の信念と政治理念を体現することから「鎖衣」と呼ばれ、人々は彼らを神祇官として敬う。若くしてこの世の不条理を嘆いたカドルトは貴族の生まれながら鎖衣となり、一生を鎖の教えに捧げる禁欲的な道を選んだ。身分・貧困・傲慢・そして神の不在。カドルトの目に映る罪と孤独の世界とは・・・ という話です。
    • 初単行本の『一人の王にさしあげる玩具』以来傑作続きの吟鳥子ですが、今作も際立って質の高いマンガです。あらすじからも分かるようにテーマは宗教。作者は過去に「白憂」の別名で『この恋しさの在り処』というタイトルからして孤独感漂う実に重苦しい作品を出していますが、個人的には『鎖衣カドルト』はその暗い雰囲気をきれいに仕立て直したような感があります。以下ちょっとねたばれあり。
    • 鎖は律法の束縛であると同時に人と人との生きる絆。絆のつながりを意識して共同体を暮らすこと、罪と憎しみの連鎖を自覚して絶つことを教えとして、恵みの貧しい国で自らを守ってきた「鎖の国」の宗教はその意味で非常に人間本位なものとして描かれています。一方でストーリーの後半に出てくる「水の国」は肥沃な土地で自然に崇められてきた地母神(大河の神だけど)のイメージを中心にアニミズムが混ざった原始的な宗教を持ち、この2国間の争いと併合による宗教対立が話の中心となります。絆の広がりを信じて他者との融和を説く鎖の国、共通の大いなる母を帰属意識とする水の国の対称性。「神などいない、願いをかけても父親は死んでしまった、祈りで何が解決するか」「願った先、今あなたが憎しむ相手こそ神ではないか、あなた方はそばにいる神を見えぬふりをしている」この水掛け論的トートロージー! 互いの宗教の限界、分かり合えぬ悲劇を1冊で不足なく描き出した吟鳥子は設定の妙とも言いますが、この人は人間が好きって気持ちが強いんだなあと幸せな気分になれます。こんな真面目な話が今時マンガで読めるなんて素晴らしい。
      鎖衣カドルト (ウィングス・コミックス)

      鎖衣カドルト (ウィングス・コミックス)