久しぶりに単行本の紹介をば。書きたいことが沢山あって長文になってしまった。


ひさわゆみ『「先生、おしえて。」』、『「先生、おしえて。」-ぜんぶ、知りたい-』(講談社 KCデザート)

「先生、おしえて。」 (KC デザート)

「先生、おしえて。」 (KC デザート)

「先生、おしえて。」-ぜんぶ、知りたい- (KC デザート)

「先生、おしえて。」-ぜんぶ、知りたい- (KC デザート)



久嘉めいら『優等生の遊び方』(小学館モバフラ フラワーコミックス)
優等生の遊び方 (フラワーコミックス)

優等生の遊び方 (フラワーコミックス)

今年の2月7月に出版された、ひさわゆみの最新シリーズと、今月24日に出たばかりの久嘉めいら初単行本です。どちらの作家も私は大好きで、ひさわゆみは2003年からの既刊全てを新刊で揃えてるし、久嘉めいらはデビュー作掲載時点でチェックしてました!ストーカーですみません! と両者とも並ならぬ思い入れがあります。そんな人が紹介をしても信頼性は薄いのが常ですが、この2作はとても面白いだけでなく、作品内容を超えた共通/相違項が多くあり非常に興味深いです。というわけで、比較しながら紹介してみたいと思います。

  • ひさわゆみ『「先生、おしえて。」』、『「先生、おしえて。」-ぜんぶ、知りたい-』(講談社 KCデザート)

ひさわゆみの『「先生、おしえて。」』はタイトルが示す通り、学校生活における教師と生徒の恋愛関係を主題にしたオムニバスシリーズです。マンガをよく読む人には今更の説明ですが、ひさわゆみはTL(ティーンズラブ)誌での長いキャリアを経て、2007年頃から講談社デザートの増刊誌に主戦場を移した作家です。少女マンガとセックスという昨今際どい題材を取り上げながらも、優しく読み手の気持ちに分け入るように丁寧な作風はTL誌の頃から健在。性に振り回され戸惑うキャラクター達に対する描写には、描き手の愛しさが感じられ、TLジャンルの良心的存在として知られています(私は勝手にそう言っています)。デザート増刊に舞台を移してからは、比較的シンプルだったキャラクターの表情にも、薄化粧のように色気が見え隠れし、掲載陣の中でも淡白な絵柄ながら、ストーリーの巧みさで読者を牽引中。今年遂に単行本刊行めでたや、という次第です。


ひさわゆみのキャラクターには純朴な少女からヤリチンまで色々出てきますが、ストーリーの根底には常に愛情に対する深い信頼があり、回復不可能な悪人が描かれることは非常に稀です。性善説的と言っても良いかもしれません。TLの頃は露骨なお色気路線(作風的にはミスマッチ)だったり、現在も描写はけっこう直接的なのに、下品に感じさせないのは作者の人柄のなせる技かも、という位、この人のマンガは温かいです。


ちなみにこのシリーズは初出こそザ・デザートですが、電子書籍として先に刊行されました。単行本2冊はシリーズの抜粋掲載ですが、電子書籍の方では全ストーリーが収録されており、過去の他の読みきりもまとまっています(参考リンク)。作者後書きにも、電子書籍での売り上げが好調だったために紙媒体での出版となったとあり、今後もメインは携帯や電子書籍にあるようです。……こういうのを見ると、マンガも年々分野が広がっていて色々と大変だと感じます。





  • 久嘉めいら『優等生の遊び方』(小学館モバフラ フラワーコミックス)

優等生の遊び方』の久嘉(ひさか)めいらは生まれも育ちも小学館Cheese!増刊。マンガをよく読む人には今更かもしれませんが(定型句)、新人ばなれした画力が武器で、特に美少女絵が抜群の作家です。ファンタジー設定の読みきりを何度か掲載しており、美少年美少女が命を懸けて戦い結ばれるストーリー……意地の悪い言い方をすればオタク趣味的な世界観を、私はこよなく愛してました。が、しかし、2011年2月に掲載された「優等生の遊び方」はその作風とまるでかけ離れたものに。真面目な優等生のヒロインが初彼との清い交際の裏で、ふとしたことから不良との「遊び」に耽溺し始めるというすべり出し。戸惑いつつも読み進めると、不良の方が彼女に本気になってきた描写が表れます。情事の最中に彼氏に見つかり、あからさまな嫌悪で追い詰められるヒロイン。そこで不良は彼女を抱きしめ、彼と別れ自分とちゃんと付き合おうと本心を伝えます。カラダから始まる純愛なんて変化球をよくぞ……昼メロを学園恋愛に導入するのも凄い。そう感心したのも束の間、ヒロインは態度を一変させて答えます。「別れるわけないでしょう あんな優良物件 一生手放すもんですか


このオチを読んだ時は心底驚きました。まさかヒロインが二股したまま終わるなんて!! 『優等生の遊び方』は、紹介したストーリーを第一話とする連作構成です。思春期の性に振り回されるキャラクター達という点で『「先生、おしえて。」』と共通ですが、そこから信愛のつながりを得て自らを再発見するひさわゆみの作品とは逆に、『優等生の遊び方』の主眼は、振り回されて人間不信に陥ることそのものにあります。“頭は彼氏を愛してる 体はこの男を愛してる 心は自分自身を愛してる”という第一話ラストのモノローグが、端的にその絶望を表現しているでしょう。作中でキャラクター達の心は互いのインモラルな行為によってどうしようもなく歪められ、恐ろしい形相で相手を憎み、負の連鎖を作ります。その様子は、思春期における性タブーの感覚をショッキングな演出で暴き出す、恐怖コミックとして読むことが出来ます。おぞましいまでの表情(顔芸)と呪詛モノローグ、ノイズトーンで読者の感情をささくれ立たせる手法は、いわゆるりなちゃホラーとよく似ている。読みきりで第一話を読んだ時に私はそう思いました。


ただ、『優等生の遊び方』の面白さは、そうした前半のグロテスクな展開、中学生が読んだらトラウマで恋愛出来なくなるんじゃないか? と思わせるほど救いの無い内容がもたらす、昏い喜びだけではありません。後半の話になるに従って、キャラクターはどん底に落とされながらも、その中で自分なりの生き方を見出していきます。それは必ずしも最良の方向ではないのですが、心に隠し切れない闇を持ってなお、過去の自分の純粋さに身を焦がす彼女達には、憑き物の落ちたような清々しさがあります。ひさわゆみと比較するなら、この作品のキャラクターは、性悪説的な立場にありながら善を夢見るところがたまらなく美しいのです。不道徳に堕ちていく彼・彼女らの醜さと、どん底で立ち続ける凛々しさの描き分けは、見事な対比を成しています。


描写というと、作中の性描写はごく控えめで、情事の光景も短いカットしか出しません。なのに顔の表情ひとつだけで、目を背けたくなるほど淫猥な雰囲気を醸し出す腕前は、最高に格好良いです。ダイレクトな性器描写を全くしなくたって表現出来るエロスはあるし、それは安易な表現規制でフィルタリング出来るような、やわで見え透いたものではない。誤解と風評を恐れずに言えば、普通の成年コミックよりもこのマンガのほうが遥かに不健全で、心身に与える影響は甚大だと思います。雑誌で読んだ時は、久嘉めいらの短編集が出ても、この作品は血迷って産まれた鬼子であって、問題作過ぎて収録されないだろうと思いました。それが、まさか連作シリーズになって単行本化とは! 見事に描き上げた久嘉めいらと、このご時勢に英断を下した小学館と担当編集の坂口氏には、感謝で言葉が出てこないというか…二の句が継げないというか…空いた口が塞がらないというか…。どうかこの文を読んでも自粛規制等や通報申告はして欲しくないものですね。


『優等生の遊び方』は第1,2話がCheese!増刊に、3,4,5話が小学館ケータイ少女まんが誌モバフラに掲載されたものです(実際には副題が異なり、話数表記は無い)。久嘉めいらはモバフラ移行後すっかりCheese!増刊では見かけなくなってしまったのですが、紙で単行本が出て非常に嬉しいです。小学館のモバフラがケータイコミック事業で波に乗ったのは言うまでも無いことですが、そこから新人がこうして優れた作品を出してきている事実には、(遅まきながら)時代の変化を感じずにはいられません。




最近の少女マンガのメインストリームは、『俺物語!!』の快進撃と増刊誌「bianca」で新人産出の体力を見せた集英社マーガレットに軍配が上がりますが、モバイル・電子書籍での少女コミック展開については講談社小学館が一歩リードしている状態です。まだ本誌のデザート・Cheese!は紙媒体ですが、増刊誌にいる準戦力については、発表の場は緩やかな移行期にあるのかなあという気もします。2作品を並べてみて、その辺の現状の一端が表れているように感じました。