1週間で3万円くらい本を買いました。知らないジャンルを手当たり次第漁る感覚というのを忘れてはいけない。というのは後付けだけど。


多くの人がそうしているように自分もネットでの愚にも付かない議論は無視ですが、考えていたらスルー出来なくなって。
元々「お前らが好き勝手文句つけると作家様の手が止まって原稿が落ちる。打たれて伸びる奴もいるかもしれないが、内容の良し悪しを優先させて連載に穴空けると作家様は良くても俺はクビになる。だからつまらなくても作家様を刺激しない当たり障りのないこと書いてろ、俺の仕事の邪魔をするな」という以上の意味はない、いち編集者の本音わがままに対して、ここまで配慮してしまうのは日本らしいとはいえ凄い。挙句には“意見をかわすより「ありがとう」って言えばいいと思うよ”ってその発想は日本人のメンタリティの成せるわざだなあ。
昔NHKで著作権問題に関する視聴者の意見を募集していた際に、「創作を始めた初心を思い出して。みんなお金よりも大切なものを目指していた筈なのに、パクりだ賠償だなんて荒んでいるのは良くない」という声が持ち上げられてたのを思い出した。そういうすり替えをする人には「その感動的な意見は俺が考えたのに勝手にパクるな」と言えばいいんですがね。
作家様のメンタルは人それぞれだから、読者から「面白かったね」ってのが聞こえた瞬間頭が逆に落ち込むケースもあり得るし(自分では駄作だと思ってるのに読者は違いを解ってくれなかった)、消える人はこちらが応援しているつもりでも消える。つまらないものをスルーせずちゃんと誰かがつまらないよって念押ししてくれるから書評を読む人は散財しなくて済むわけでとても有益なんだし、読み手が萎縮するのはおかしい。自分の好きな作家が誰かに叩かれてたら、ファンたる者ちゃんと見つけて論争を巻き起こすなり対抗して褒め称えるなりで情報を共有するのが2.0なんじゃないですかね。


ぶっちゃけ作家様が人の子なら読者様も人の子なので、好き勝手言ってることに外から是非をつけるなんて酷です。前途と才能ある批評家の芽を潰してしまうかもしれないじゃないか。


色々言ってもリンクとかせずに書いてるのはクネクネダンスの一種なんですけどねー。